電磁波利用技術による水産物の高鮮度・高品質グローバル流通の構築

● (株)スマートハンドレッド(佐藤實・電磁波高度利用研究室)

本研究室は平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災後に、文部科学省が東日本大震災で壊滅的被害を受けた水産加工業の復興をあと押しすべく公募した「東北マリンサイエンス拠点形成事業」の一環の「新たな産業の創成につながる技術開発」に採択された「電磁波を水産物加工に用いた新規食品製造技術開発」の実施母体として東北大学大学院農学研究科水産資源化学分野に設置された。その後、農学研究科の雨宮キャンパスから青葉山キャンパスへの移転に先駆け、東北大学研究推進部産学連携推進本部の計らいで、平成28年(2016年)11月にレジリエント社会構築イノベーションセンターに入居しました。

これまで、電磁波照射による、魚骨脆弱化技術、冷凍水産物の迅速・均一解凍技術、マイルド殺菌技術開発に取り組むとともに、水産資源化学分野で研究を進めていた水産物の品質と安全性を簡便・迅速に測定する鮮度チェッカー・ヒスタミンチェッカーによる魚市場、水産加工会社の品質・衛生管理技術の普及を支援する取り組みも進めた。以下、その概略を述べる。

Ⅰ、電磁波利用技術
(1) 魚骨脆弱化技術 (特許 第4203645号)

若者を中心に魚食が倦厭される傾向にあるが、その大きな理由に魚骨があるとされる。近年は魚骨を人手により取り除いた“骨なし魚”が市場に出回るようになってきた。魚骨を取り除くことなく食することが出来れば、廃棄物の減量、食品加工段階での省力化・コスト削減、品質低下防止などの他、カルシウム摂取量の増加が期待され、高齢女性で大きな問題になる骨粗鬆症の防止につながるなど、様々な効果が期待される。

サンマ骨脆弱化効果を、これまでの方法と破断強度(硬さ)と歪率(しなやかさ)で比較したところ、焙焼処理、酸処理は歪率の低下はみられたが、破断荷重には大きな変化は認められなかった(硬さは大きな変化なし)。レトルト処理(高圧高温処理)および油ちょう処理は、破断荷重および歪率を低下させた。ただ、レトルト処理では、魚肉も魚骨も一様に組織崩壊がおき(歯ごたえなし)、身と骨の区別がつかない食感になってしまった。電磁波照射処理では、162MHz電磁波が魚骨を発熱させることなく破断荷重および歪率を低下させ(もろくなり、かみ砕ける)、魚骨の新しい脆弱化技術として有望と考えられた。

temp (2) 冷凍水産物の迅速・均一解凍技術(スマート解凍) (特許 第6446626号、商標登録 第5855751号)

生鮮水産物は鮮度が低下しやすく、品質を保ちながらの長期保存・輸送には冷凍は欠かせない。冷凍品を利用するには解凍が欠かせない。冷凍技術については様々な方法が提案されているが、解凍技術の研究は大きく遅れている。現在用いられている解凍法は、ほとんどが外部から熱を加えて解凍する外部加熱解凍法で、解凍時間の長さ、ドリップ発生、身割れや軟化、変色、臭気発生など、様々な問題を抱えている。これらの問題をほぼ解決したのが、100MHz電磁波を利用するスマート解凍である。これにより、冷凍水産物を迅速・均一に解凍し、生に戻すことを可能になった。

スマート解凍を組み込んだ新(ネオ)コールドチェーンを構築することで、ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」の世界展開がはかられること、必要な時必要なだけ解凍することで食品ロスが減ること、近年、食中毒の原因としてクローズアップされてきたアニサキスなどの寄生虫のリスクをなくすことが期待される。加えて、世界的に広まった寿司は、酢飯とネタの魚介類という異なる食材から構成され、同時解凍は困難とされているが、スマート解凍を用いることで、酢飯は人肌程度の温かさに、ネタはひんやりとなり、握りたての状態に解凍することができている。

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今後、スマート解凍のさまざまな冷凍食材への応用とともに、食材以外への応用が検討されることが期待される。

(3) マイルド殺菌技術

食品の完全殺菌技術は、魚骨脆弱化の項でも触れたレトルト処理だけであるが、この方法では魚肉の食感、風味、色調などが大きく変化することが問題となる。東北大学グループが開発したマイルド殺菌技術は、食品加工品の本来の風味や食感を損ねることなく、殺菌効果が期待される新技術と期待される。

液体ブイヨン培地で培養した大腸菌Escherichia coliにある周波数の電磁波を100W,30分照射すると大腸菌はほぼ死滅する。菌液の温度は照射終了時に約60℃に達するが、大腸菌を60℃の湯煎に30分間浸漬しても、殺菌効果は認められない。このことは、マイルド殺菌は加熱による殺菌効果以外に、電磁波効果による殺菌作用が潜んでいることが示唆された。

醤油や味噌を使用した和食をレトルト殺菌(120℃、15分)にかけると、色の変化(褐変)や風味の変化が問題になる。そのため、市販のレトルト食品や缶詰の場合、褐変や風味の変化が起きないように特別に醸造した醤油や味噌(もどき調味料)を用いるとされる。マイルド殺菌が風味に及ぼす影響を調べる目的に、希釈した醤油および味噌懸濁液をレトルト殺菌とマイルド殺菌にかけた場合の臭気成分をGC/MSで分析した場合のクロマトグラフを見ると、オートクレーブ処理すると特定の時間帯に数多くの成分ピークが著しく増えるのに対し、マイルド殺菌処理では未処理品の香りピークパターンとほとんど変化が見られない。このことは、マイルド殺菌では、食品の風味に変化が起きず、本来の味、香りが保たれることが確認された。

マイルド殺菌で、食品の風味を変化させることなく、保存性を高めたチルド食品が市場に出回ることが期待される。

temp (4)電磁波を用いる食品加工技術の展望

我々の身の回りで、食品加工・調理に用いられている電磁波として、家庭用電磁レンジに用いられている2,450MHzと業務用解凍機に用いられている13.56MHzおよび27.12MHzなどが挙げられるが、それ以外の周波数の電磁波にここで述べた解凍効果、魚骨脆弱化効果、殺菌効果など様々な効果があることが明らかになった。これらの照射効果は、これまで水産業界、食品業界で待ち望まれている技術であり、今後、詳細を詰めて実用化することに期待が寄せられている。

Ⅱ 魚介類の品質と安全性を簡単・迅速に測定する技術

魚介類は、日本食ブーム、健康ブームもあり世界的に需要が増している。しかし、魚介類は海水を介して微生物や寄生虫と同居していること、組織が軟らかく細菌の攻撃を受けやすいこと、自己消化作用が強いこと、鮮度が低下しやすいことなどの理由で、潜在的危害食品ともされている。生食する機会の多いわが国では、魚介類の鮮度管理、安全性管理が非常に重要になる。

(1) 鮮度チェッカー (特許 4291381号)

魚介類の鮮度測定法としてさまざまな方法が提案されている。その中で、細胞のエネルギー貯蔵物質、アデノシン三リン酸(ATP)の分解程度から鮮度を判定するK値が最も信頼がおかれている。K値測定法は高速液体クロマトグラフィー法、酵素法など様々なものが提案されている。東北大学グループが開発した鮮度チェッカーは、簡単・迅速、低ランニングコストでK値を測定する優れた方法である。

測定原理は、抽出液をろ紙にスポットし、電気泳動で鮮度の良い成分と悪い成分に分離する。分離した二つのスポットをデジタルカメラで撮影し、その画像からK値を求める。抽出液調製からK値計算まで、10程度でできることで、現場で、即座に鮮度(K値)を数値化できる。K値測定したろ紙にヒスタミン発色剤をスプレーすることで、ヒスタミン汚染の有無が判定できる。魚市場、スーパー、水産加工場など、生産、流通、加工、消費の各現場に向いた装置と言える。

temp (2) ヒスタミンチェッカー (特許 3390700号)

水産食品、特に魚が原因のヒスタミン食中毒が跡を絶たない。ヒスタミン食中毒は化学物質が原因の食中毒では患者数が飛び抜けて多いのが特徴で、発生件数の抑制、患者数の減少、治療費の削減のためにも対策が求められている。ヒスタミンは無味、無色とされ、摂食前に危険性を察知することはほぼ困難であり、科学的手法で検知し、避ける必要がある。現場でのヒスタミン測定は、簡便で迅速に結果が得られる方法が求められる。これに合致した方法が、ヒスタミンチェッカーであろう。

測定原理は、抽出液を吸収させたペーパーディスクをH型切込みがあるろ紙に置き、電気泳動でヒスタミンとヒスチジンなどの妨害物質を分離する。ろ紙を乾燥した後、ヒスタミン発色液を噴霧し、ヒスタミンを検出する。スポットをデジタルカメラで撮影し、内部標準物質ヒスタミンとの比較でヒスタミンの濃度(ppm)を求める。抽出液調製からヒスタミン濃度算出まで10分もかからないことより、様々な現場での魚介類の安全性、ヒスタミン汚染の有無の判定に適していると言える。

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参考文献

1. 佐藤 實: 電磁波解凍技術を基軸にする新コールドチェーンの構築、“マイクロ波加熱の基礎と産業応用”(福島英沖・吉川 昇監修)、株式会社R&D支援センター、東京、pp315-323 (2017).

2. 佐藤 實: 電磁波を水産物加工に用いた新規食品製造技術開発、“新技術開発による東日本大震災からの復興・再生”(竹内俊郎・佐藤 實・渡部終五編、日本水産学会監修)、(株)恒星社厚生閣、東京、pp109-124 (2017).

3. 佐藤 実:電磁波を用いる迅速均一解凍技術、日本水産学会東北支部会報、67、63-65 (2017)

4. 佐藤 実: 電磁波による魚骨脆弱化技術、“最新マイクロ波エネルギーと応用技術”(最新マイクロ波エネルギーと応用技術編集委員会編)、㈱産業技術サービスセンター、東京、761-765 (2014)

5. Sato, M. and Gleadall, I. G.: Fish inspection. In: Carrick Devine & Michael Dikemann, editors-in-chief. Encyclopedia of Meat Science 2e, Vol.2, Oxford: Elsevier; pp.8-16 (2014).

6. 佐藤 実: 魚や肉の鮮度を簡便・迅速に測定する「鮮度チェッカー」、佐藤 実、Brain Techno News 128,24-29 (2008)

7. 佐藤 実: 魚の鮮度を簡単・迅速に測定する鮮度測定装置、佐藤 実、月刊「養殖」, 568, 54-57 (2008)

8. Sato, M., TAO, Z.H., Shiozaki, K., Nakano, T., Yamaguchi, T., Yokoyama, T., Kan-no, N. and Nagahisa, E.: A simple and rapid method for the analysis of fish histamine by paper electrophoresis. Fish. Sci., 72, 889-892 (2006).

9. 佐藤 實: 水産食品によるヒスタミン中毒とその防止のための分析法、冷凍、91、40-45(2016).

研究室への問い合わせ

電磁波利用技術や鮮度チェッカー、ヒスタミンチェッカーなど、魚介類および水産食品の衛生管理法などについてのお問い合わせは、下記にお願いします。

佐藤 實

電磁波高度利用研究室 電話 022-752-2198、E-mail: minoru.sato.a8@tohoku.ac.jp

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